複合過去形(直説法) Pretérito perfeito composto do Indicativo
  複合時称のひとつ。〘ter 直説法・現在形+過去分詞〙の形式をとる。規範的には ter とともに haver も助動詞として用いられるとされるが、実際には現代ポルトガル語ではhaverは用いられない。複合時称の常として、ある動詞が過去分詞として規則形、不規則形両形式を持つ場合規則形と結びつくのが原則とされる(Cunha & Cintra, 1984, p.441) (1) 。しかし実際は、たとえば動詞 «aceitar» の場合PEでは〘ter 直説法・現在形+過去分詞規則形aceitado〙よりも〘ter 直説法・現在形+過去分詞不規則形 aceite | aceito〙の結びつきが圧倒的に好まれるという場合もある(PBでは動詞 «aceitar» については逆の傾向が見られる)。過去分詞は性数変化せずつねに男性・単数形をとる。
Elas têm aceite|aceitado os convites para os encontros regulares. 彼女たちは定例会議への出席要請を受諾して来た。
 
 直説法・複合過去形のあらわす意味は過去のある時点から発話時直前にいたる期間を通じてある状況が (1) 不定回数反復したこと、あるいは(2) 継続したことを示す。
(1) Tem ido à piscina? 最近プールに行っていますか?
(2) A Joana tem estado doente ultimamente. ジョアーナさんは最近ずっと体調が悪かった. 
 
 複合過去形はポルトガル語の名称(Pretérito perfeito composto) に完了(perfeito) を含むことから、あたかも単純形の過去形(Pretérito perfeito simples)とは単に形式的に対立しているかに見える。しかし後者は確かにある状況が完結していることを発話時よりも前に位置づけているものの、前者の複合形は状況の完結を意味しておらず発話時においても問題の状況は実現しており今後も実現するという事情をあらわすのに適した時称形式である。たとえば以下の (3), (4) が典型的な事情である。
(3) O meu pai tem aplicado esta pomada, e vai continuar a usá-la mais alguns dias. 父はこの軟膏を使ってきたが、まだ数日は使い続ける。
(4) O meu pai tem aplicado esta pomada, e continua a usá-la todos os dias. 父はこの軟膏を使ってきたが、まだ毎日使い続ける。
 
 今まで継続していた状況が現在は実現していないという事情をあらわすには(5) のように半過去形と過去形との対比で述べる
(5) O meu pai aplicava esta pomada, mas a partir de ontem, deixou de a usar. 父はこの軟膏を使っていたが、昨日から使うのを止めた。

  過去に継続していた状況を複合過去形 (tem aplicado) で述べ、それが中断したことを過去形 (deixou de a usar)で述べるということは一見可能に思われる。しかし複合過去形は状況の終結点を明示せず「まだ完結していない」ことをあらわしているため過去形で問題の状況が「すでに完結した」と重ねて述べると論理的に矛盾してしまうので、以下の文は非文となる。
(6) *O meu pai tem aplicado esta pomada, mas a partir de ontem, deixou de a usar.
 
 アスペクトの観点から見ると、直説法・過去形(単純形)が完結相(perfectivo) をあらわすのに対して 直説法・ 複合過去形は非完結相(imperfectivo) をあらわすという意味で対立している。したがって複合過去形は原語の名称にある「完了相」 (perfeito) がそもそも誤解を招きやすい用語となってしまっている (2) 。複合過去形は確かに過去から発話時に至る時間的な幅を持っているが状況の開始点・終点ともに不明瞭で「終点の境界がない」といわれる(Olivera, 2013, p.528) (3)
  しばしば「今後も問題の状況が続く含みがある」と説明されるが、この点についてはその可能性もあるが「問題の状況が続かない」場合とも矛盾しない点を注意しておくべきである。すなわち、(3), (4) に対して (7)のように発話時よりあとの未来に状況が完結することを妨げない。
(7) O meu pai tem aplicado esta pomada mas vai deixar de a usar ainda hoje. 父はこの塗り薬をずっと使って来たが今日にも使用を中止するつもりだ.

  直説法・複合過去形はこのように基本的には時間的には過去のある時点から発話時までの時間を緩やかに包含しており、その間に状況 «S1» が継続あるいは反復されることをあらわす(図1)。


 発話時から先の未来に関してはさらに状況 «S1» の継続する含みがあるものの、未来における継続は義務的でなく中断し異なる状況 «S2» に移る可能性もある(図2)。
 
 他のロマンス系諸語では複合過去形が単純形に置き換わったがポルトガル語では両形式が異なる意味で用いられている。なお原語の意味を踏まえれば過去(pretérito)完了(perfeito)複合(composto) 形、すなわち複合完了過去形であるから、しばしば用いられる現在完了という日本語の用語は翻訳として不適当であり、また英語の現在完了形からの誤った類推を招きかねないので避けるのが望ましい。



(1)CUNHA, Celso & CINTRA, L. F. Lindley (1984) Nova gramática do português contemporâneo, 3ª ed. Lisboa, Sá da Costa.
(2)彌永史郎 (1985) 『ポルトガル語の複合過去』,『ロマンス語研究』第19号所収, p.23-33. 日本ロマンス語学会. [download] (12MB)
(3)OLIVEIRA, Fátima (2013) Tempo verbal, in Raposo, Eduardo Buzaglo Paiva et al. (2013) Gramática do Português, vol I, p. 509 - 553. Lisboa, Fundação Calouste Gulbenkian

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