クレオール語 crioulo, língua crioula
 異なる言語を話す人々が伝え合いの意図を持って接触したとき、緊急避難的に、わずかな語彙と単純な文法構造を持った言語が自然発生的に話され始めることがある。例えば、第2次世界大戦後、日本がアメリカ軍に占領された期間、アメリカ人兵士と日本人の間ではこんな言葉が使われたのではないだろうか。「ユー・ノー・カム・イエスタデー・ネ・ホワイ?」。「ユー・ベリー・バッド・ヨ!」。両文ともに、英語の文法規範からは外れていることがわかるだろう。また、その時に使われた言語は、表現の可能性も乏しいものであったと思われる。
 上記の例文は想像の域を出ないものであるが、このような言葉は人類の歴史において言語接触が繰り返される中で、世界のいたるところで、繰り返し形成されてきたはずである。そうした言葉は、まとめて、ピジン語(pidgin)と呼ばれる。ピジン語とはある一定の特徴を持つ言語の総称であり、固有名詞ではない。よって、«pidgins» あるいは «pidgin languages» のように、複数形を持つことに注意しておくべきである。
 多くの場合において、ピジン語は使用目的がなくなれば、間もなく消滅してしまう。だが、何らかの理由によって、ピジン語が使用され続ける状況もありうる。そして、世代を越えて使用され、母語話者が誕生した時、それはクレオール語(crioulo, línuga crioula)と呼ばれるのである。この伝統的な定義にしたがえば、母語化したピジン語がクレオール語なのである。
 現在、世界には英語の語彙に基づくクレオール語、フランス語の語彙に基づくクレオール語、ポルトガル語の語彙に基づくクレオール語、あるいはその他の諸言語の語彙に基づくクレオール語などが話されているが、ここではポルトガル語の語彙に基づくクレオール語の一例として、西アフリカの国ギニアビサウのクレオール語(現地では、crioulo, kriol, kiriolと呼ばれる)を紹介しておこう。
Eu sou professor. ポルトガル語
Ami i pursor. クレオール語 「私は教師である」

 «pursor» が «professor» に由来するのは一目でわかる。«ami» はおそらく«a mim» を語源とすると思われる。«i» は長くポルトガル語の be 動詞の1つ «ser» 動詞の直説法・現在・3人称単数形 «é» に由来すると考えられてきたが、おそらくは主格代名詞3人称単数形eleが語源であろう。つまり、「A is B」という単純な文も、単なる語の置き換えなどではなく、クレオール語では、「私(A)に関しては、それは先生(B)」というように、まったく異なる論理が用いられていることがわかるのである。
 もう一つの例を見よう。
(Eu) Trabalho muito. N ta tarbaja tchiu.
「私はたくさん働く」=「働き者だ」

 «tarbaja» は«trabalhar» に由来する動詞である。«N» はポルトガル語源ではなくむしろアフリカ起源の語であるが、1人称単数主格を示す。«tchiu» は«cheio» の古い発音に由来する。興味深いのは時制やアスペクトを表わすtaの存在であり、この表示形があるから「現在の習慣的行為」の意味になるのだが、もしそれがない場合(N tarbaja tchiu.)は「たくさん働いた」という過去時制の文になってしまうのである。ここでも、ポルトガル語とクレオール語が異なることが理解できるだろう。
 わずかな例であるが、クレオール語が、ポルトガル語(代わりに英語、フランス語などで置き換えてもよい)が崩れて形成された言語ではなく、独自の構造を持つ独立した言語であることがわかるのではないだろうか。

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