称格 pessoa funcional, –– situacional
 動詞の形式を選ぶ文法的人称と区別し、人称の概念を言語活動上の機能から自称(話し手)、対称(聞き手)、他称(自称でも対称でもないもの)と定義する。国語学で用いられる概念をポルトガル語学に適用した池上(1974)により導入された(*)。これにより、伝統的にいわゆる敬称代名詞 (pronome de tratamento)あるいは間接待遇代名詞(pronome de tratamento indireto) とされる você, o senhor, a senhora, o João, a Maria, etc. など話し相手を参照するのに用いられる語が「3人称であるが2人称である」という矛盾した説明が回避される。すなわちこれらの敬称代名詞は純粋な意味での人称代名詞である2人称単数形、複数形の tu, vós と同様に話し相手を参照する「対称」であるが、文法的人称は3人称であり、文法的人称によって動詞の形式が決まる、と論理的矛盾なく述べることができる。表にすれば以下のとおりである。

称格(機能的人称)
人称(文法的人称)
具体例
対称単数
2人称 単数
tu
2人称 複数
vós
対称複数
3人称 単数
você, o senhor, a senhora, etc.
3人称 複数
vocês, os senhores, etc.

 この考え方に基づけば、例えば vós はかつては対称単数、文法的人称は2人称複数としてもちいられたが、数の一致は動詞に限られ補語などは単数で一致した、というような込み入った事情も明晰に表現出来る。

(1) Senhora, vós sois tão airosa. 奥方様、あなた様はかくもお美しくていらっしゃる.
 
また称格が自称複数で人称が3人称単数である例(2)、あるいはブラジルの常用口語において称格が対称単数で人称代名詞tuが文法的に3人称単数の例(3)、称格が自称単数で人称が3人称単数の例(4)なども、称格と人称との関係で論理的に矛盾なく理解される。

(2) A gente vai embora. 僕らはもう行きます.
(3) Tu estava ali ontem? きのうあそこに居たのかい?
(4) O pai vai contigo. お父さんがおまえと一緒に行くさ.

 なお池上は称格に Situational Person という訳語をあてている.
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(*) 池上岑夫(1974)人称と称格 : ポルトガル語の場合 The Grammatical Person and the Situational Person in Portuguese.
http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/23339/1/acs024002.pdf

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