時称 tempo verbal
 時制、時相などとも言う。日常的な意味での時(tempo) は過去から現在を経て未来にわたって連続している。現実にはとらえどころのない無限の時間的広がりを一般的には不連続な「過去(passado)」、「現在(presente)」および「未来(futuro)」という三種の単位に論理的に区別する。ポルトガル語ではこうして概念化された時の範疇が文法的範疇として動詞に反映されており言語的に描き出す手段をもっている。たとえば、ある種の形態論的特徴を共有し「過去」を表現する動詞の諸形式をまとめてひとつの範疇とし、その時称を「過去形(Pretérito perfeito – 原義は「完了過去」)」と呼ぶのである。つまり時称は時に関わる動詞の範疇であり、いくつもの時称範疇が集まり全体としてひとつの体系、すなわち時制(sistema de tempo)をなしている。

 時称は動詞の形態論的範疇に与えられた名称であるから、時称の名称からその意味を演繹しようというのは意味のある試みとは言えない。たとえば過去形(Pretérito perfeito) と半過去形(Pretérito imperfeito) を比較して、これらを完了相(perfeito) と未完了相(imperfeito)とのアスペクト的対立として論じようとすることは無意味である。形式に与えられた名称はあくまでも符牒とみなさねばならない。周知のとおり時称としての現在形が必ずしも現在のみならず過去や未来の状況を描くこともあるからである。

 むろん伝統的な時称の名称には名が体を表すべくさまざまな工夫が凝らされていることも事実である。しかしNGPNGBとで時称の名称が異なることからも理解されるように、命名方法には当然のことながら恣意的な事情もあるから、これに遡る議論じたいが想像の域を超え難いのである。

 日本語の用語については日本のポルトガル語学の先人たちの努力によって他のロマンス諸語の用語を参照しつつ整備されてきている。本小辞典においてはこうした先人の業績を踏まえ、NGP, NGBの用語との均衡に配慮し、原語のポルトガル語で担っている文法用語としての意味を大きく逸脱しないように留意した訳語として以下の時称名称を用いる。

直説法

接続法

 叙法は日本のポルトガル語学においてはいっぱんに条件法を削除したブラジルの用語法にもとづく方法が一般的である。もとより叙法の名称とそのモーダルな意味については一定した関係があるわけではない。叙法名称(直説法、接続法、命令法)も時称名称もその根本的は役割は動詞活用形の範疇化に資する符牒の一部とみなすべきである。


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